そして今、千葉の夜空より

石垣島での離島生活に終止符を打ち内地に戻り早や数年。
blogデザインは 『石垣島暮らし』 の名残をそのままに
携帯画像を添えながら、近況報告などFacebookとリンクしながらお伝えしています。
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遠い存在になってしまった過去
遠い存在になってしまった過去

誇らし気にそびえ立つツインタワービル
私はこのビルの某社で働いていました。
それも沖縄への移住と引き替えに、私はこの場を去ったのです。
今こうして眺めてみると、当時より高く感じるのは気のせいなのかはてな
あれから数年 ・・・ きっと、手の届かない遠い存在になってしまったからでしょうね!?
それでも、このビルを離れたことに後悔などはありません。この高さよりも多くの経験と楽しい時間を石垣島での暮らしで得ることが出来たのですからね。しかし、理由はどうあれこうして内地へと戻って来た以上、以前のようなポジションまで早く辿り着きたいと気が付かないうちに焦ってしまっているのか焦り 明らかに、石垣島での生活では感じ得なかった何とも言えない感情が心の底に芽生え始めていることに気付き始めた今日この頃の私なのでした夜空

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20:05 | 移住について思うこと | comments(0) | trackbacks(0)
沖縄移住への形
沖縄移住への形
上石垣島で借りていた赤瓦家の裏玄関より。
珊瑚の欠片たちをひきつめたプチ庭は、目にも鮮やかで眩しいほどでしたきらきら

そもそも、これを移住と定義していいものなのかはてな
前提として、そんな議論が吹き出しそうにも思えることですが。
ある社会派情報の週刊誌を見ていて、やっぱりなぁ ・・・ そう思っていました。
それとは、私が沖縄移住から内地へと戻る少し前に起きてしまった東日本大震災、
いや正確に言うのであれば、人的な二次災害だったと受け止められる福島原発の爆発事故涙 それによって日本国内は勿論のこと、世界中でも議論の的となってしまっている見えない脅威、そう放射能と言うあらゆる生形態を破壊してしまう放射性物質から逃れることを目的に住み慣れていた関東圏の人々が内地から沖縄へと逃避行しているとの現実。それはそうと、まずはタイトルからして気に入らねぇだめ 『放射能逃れた首都圏・沖縄移住ママたちのその後』、移住というものを勘違いしているとしか思えないこの安易なタイトルに腹立だしさを覚えながらもページをめくると、放射能を恐れ多くの親子が沖縄に移り住んでいるとのこと。その実態はこちら→ 『AERA』 をご覧になってもらうとして、都合の悪いことは沖縄に押し付け、今度は自分たちの都合が悪くなったら沖縄に頼る (逃げる) のかよ怒り それが移住と言えるのか!? 私が想う移住とは、移り住む先が本当に好きで、移り住む先で現地の人々と調和を図り、移り住む先で自分らしさを発揮すること。それ以外にもあるが、少なくてもここに登場する人物に 『移住』 という言葉を簡単に使ってもらいたくはないね。そしてもうひとつ、この記事を書いたライターの古川雅子さんたるや、もう少し勉強したらどうだめ

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下そのAERAでも書かれていましたが、
私が石垣島から那覇へと移り、住まいとしていたのこちらでした。
観光メッカの国際通りから徒歩で10秒、ウィークリーからマンスリーまで
対応できる部屋を兼ね添え利便性に優れたマンションでしたビル
沖縄移住への形
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