そして今、千葉の夜空より

石垣島での離島生活に終止符を打ち内地に戻り早や数年。
blogデザインは 『石垣島暮らし』 の名残をそのままに
携帯画像を添えながら、近況報告などFacebookとリンクしながらお伝えしています。
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あの頃の沖縄プロレス
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これは当時、沖縄プロレスに所属していたウルトラ☆マンゴー選手、久々に数日間だけ復帰したモズクマン選手、そしてセンダイ・ガールズ・プロレスリングから修行として長期参戦していた仙台幸子選手。

沖縄プロレスだったからこそのワンシーン。
もう、このようなスリーショットは二度と見られないのだろうなぁ・・・。
そう思うと、どうしても感傷的になってしまいます。

沖縄プロレスは国際通りの常設会場で観光プロレスを繰り広げていただけではなく、団体の垣根を越え若手選手たちのプロレス修行の場でもあったのですよね。

出張先での夜な夜な、なぜか沖縄プロレスでの思い出に慕っていた一週間でしたが、明日の夜には一旦帰ります。また、来週もこの出張業務は続くのですが、週末のお出掛けが楽しみでならない木曜日の夜なのでした。

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21:26 | 沖縄プロレス | comments(0) | trackbacks(0)
怪人ハブ男からHUBへ
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最近、Twitterなどを見ていると、いろんな人がいろんな思いでハブさんやめんそ〜れ親父選手、そして解散してしまった沖縄プロレスへ後追いの形であったとしても熱い応援と感動の声を述べてくれている。

残念ながら沖縄プロレスは解散してしまい、ハブさんとめんそ〜れ親父選手には東京や大阪で活躍できるリングが与えられているが、その他の所属していたレスラーたちのことを誰もが気掛かりでいるはず。

特にハブさんはリング上とプライベートでは別人のような人で、普段はとても穏やかで繊細な人なんですよね。

それ故、沖縄に残して来てしまったレスラーたちのこと、東京などで活躍の場を与えてあげられなかったことに一人心を痛めているんだと思う。

先日のZERO1新宿FACEでのハブさんの試合、途中からまともに観ていることが出来なくなっていた。彼の背中と戦い方を観ている内に涙が溢れてきてしまったのです。

私は思う、いつまでもハブさんだけに沖縄プロレスという重荷と感傷を背負わせてはいけないんだと。

これからは怪人ハブ男から『HUB』として、いろんな束縛から解放してあげながら彼の思うようにやらせてあげてほしいと私は思っています。

私はハブさんのプロレスに対し、まじめ過ぎるほど真摯な考えと熱い思いを知っているし、これからもいつまでも信じているから。

長くなってしまったけど、またいつかゆっくり食事にでも行きましょうねバブさん。

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21:12 | 沖縄プロレス | comments(0) | trackbacks(0)
最後の沖縄プロレス
沖縄プロレス

さようなら沖縄プロレス。

これまでの4年間、本当にお疲れ様でした。


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21:04 | 沖縄プロレス | comments(0) | trackbacks(0)
事実上の崩壊なのか!?
スペル・デルフィン

(今回は一切の絵文字を持ち込まずお伝えします)

私にとっては突然の知らせだった。
設立から丸四年、沖縄の観光メッカ国際通り沿いに常設会場を設け
華々しく動き出した『沖縄プロレス』が、八月下旬でその幕を閉じる。その後は興行団体としてその活動を継続するようだが詳細は分からない。そして、沖縄プロレスの顔であり社長兼看板レスラーだったスペル・デルフィン氏は大阪府和泉市の市議会選に打って出ることになったらしい。それもこれも、マスメディアで知った私の心境は複雑であった。まぁ、それはそれで収めておこう。そのほうがお利口だろうから。私が知る限り、よくぞここまで沖縄プロレスが持ち堪えて来られたものだ・・・それが私の率直な感想です。誤解をされていらっしゃる方も多いようですが、沖縄県庁が管轄の『沖縄県ベンチャービジネスサポート事業』の一環も兼ねて設立された沖縄プロレスでしたが、沖縄県もしくはベンチャービジネスサポート事業部からの金銭的サポートは一切受けていなかったのですよね。その反面、金銭以外のサポートを受けていた期間が満了してしまう四年間の内に独立採算性を伴う位置まで沖縄プロレスを団体としても会社組織としても確立することができなかったことが常設会場からの撤退となってしまったのだろう。それは事実上の崩壊と言っても過言ではないはず。非常に残念なことではあるが、沖縄でのプロレス団体の継続は大きな困難が付きまとっていたことを以前から聞かされていたので、必然的な結果だったとも言えるのかもしれない。デルフィン氏は政界進出へ、そしてごく一部の実力の高いレスラーは他団体で。しかし、その他の多くの所属レスラーたちはどうしてしまうのだろう。そのあたりも非常に心配である。急遽、八月下旬の最終興行に合わせ沖縄入りすることになりましたが、それまでに不確定な部分の道筋が整っていればいいのだけれど・・・。

♪記事LINK >> 『覆面レスラー大阪・和泉市議選出馬へ』
(sanspo.com より)

♪記事LINK >> 『デルフィン大阪・和泉市議選に出馬』
(nikkansports.com より)

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21:01 | 沖縄プロレス | comments(0) | trackbacks(0)
リングに来ないかっ! その終了に思うこと
リングに来ないかっ! その終了に思うこと
  @ produce by 沖縄プロレス&RBC

今では、それまで以上に遠くに感じてしまっている沖縄沖縄
そんな沖縄で3年前に産声を上げた 『沖縄プロレス』 の地上波番組、
『リングに来ないかっ!』 が最終回を迎え終了してしまいましたえんど
沖縄ローカルでありながらも、プロレス不人気のこのご時世に設立3年目でのテレビ番組というのは非常に画期的なものでした。私も当時は移住先だった石垣島を離れ那覇へと移り住んでいたことで、お付き合いのあったデルフィン社長のお手伝いとばかりにスポンサー営業で走り回っていたものですダッシュ 既に番組の撮影も始まっており、幾度となく撮影現場にも立ち合っていました。そして、新たなスポンサーさんとの契約現場など ・・・ 今でも半年以上も前のあの頃を鮮明に思い出してしまいます。そんな私が訳あって千葉県へと戻って来たのが4月の上旬。撮影現場にも立ち合っていた番組を一度も目にすることなく、その後の日々を送っていました。録画を送ろうか!? そんなありがたい声さえ断り、それでも番組が続いてくれていることに安堵感を抱いていたものです嬉しい しかし、その安堵感さえ打ち破る知らせが飛び込んで来ました。それとは、番組 『リングに来ないかっ!』 の終了というものでした。それを知った瞬間、言葉を失っていました。もう、涙さえ出ない瞬間でした涙 私が沖縄を離れてしまってからは、それまでが嘘だったかのように沖縄プロレスが遠い存在になってしまっていたこと、デルフィン社長を初め所属レスラーのみんなともコンタクトが希薄になっていたこと、それでも唯一、かすかに繋がっていたものがあの番組でした。その番組さえ終わってしまった今、もう完全に沖縄プロレスとは縁が切れてしまったことを自覚していたのでした。いや、それ以前に私自身から袂を別けていたとも言えるのですが。今後、沖縄プロレスはどうなってしまうのだろう!? あのスポンサーさんはどうなってしまうのだろう!? そんな心配事が、まるで置き土産のように私の心に残ってしまったのでした残念

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リングに来ないかっ! その終了に思うこと

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15:22 | 沖縄プロレス | comments(0) | trackbacks(0)
お疲れさまシーサー王
お疲れさまシーサー王
上リング上でも圧倒的な存在感を示していたシーサー王。

とうとう、正式発表がなされてしまいました・・・
私にとっても、こんな書き出しになってしまうほど切ない事実なのです涙
三年前、デルフィン社長を筆頭に旗揚げされた 『沖縄プロレス』 の中心レスラーでもあり、不慣れな営業面までカバーしていたシーサー王が今月の八月をもって沖縄プロレスを退団することが正式にアナウンスされました。実は、ご本人からこのことを昨年末に聞かされていました。当時、私は住み慣れた石垣島から沖縄本島へと移り住んでいました飛行機 それ以前からもそうでしたが、シーサー王とはよく食事に出掛けたり、プライベートなお付き合いもさせてもらっていました。先日も少し触れましたが、彼はまさしく気が優しくて力持ちを絵に描いたような人で、物腰も柔らかく好感の持てる人物でした。レスラーとしても、みちのくプロレスから大阪プロレス、そして沖縄プロレスではシーサー王としてレスラーキャリアを積み重ねて来ていました。特に昔の大阪プロレスをよく知っている方々には、シーサー王はこのレスラーだったのですよ ・・・ そう告白するとびっくりしてしまうほどの人物なのですねびっくり ですから、沖縄プロレスでも看板レスラーとしてド迫力のなかにも繊細でクォリティの高い試合を続けることが出来ていたのいです力 その日、その日の試合が終わり、そして一緒に食事に出掛け、実際に試合で使っていたマスクとコスチューム一式をプレゼントしてくれたことを昨日のことのように思い出されます。私が沖縄を離れ千葉県へと帰って来た後も、心配をしてくれ電話をくれたことを今でも感謝しています感謝 そんな、どこまでも人としての優しさを併せ持つ心優しきモンスター。これまで、本当にお疲れ様でした。しかし、まだまだ若いです!! これからは新天地での活躍を遠く離れてしまった千葉の夜空より祈っています夜空 そしてまた、一緒に食事へと出掛けましょうねビール

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下二代目沖縄チャンピオンとしても
沖縄プロレスを牽引していたシーサー王。
お疲れさまシーサー王
21:00 | 沖縄プロレス | comments(0) | trackbacks(0)
二人の絶対王者
二人の絶対王者

(今回は一切の絵文字を省いてお届けします・・・)

けっして、バトルニュースなどの大きな格闘技サイトでは紹介されないでしょう。
けっして、週間プロレスのような老舗プロレス雑誌にも取り上げられることはないでしょう。しかし、沖縄ローカルではあっても一面を飾れるような熱く感動的な戦いもあるのです。2008年の夏、スペル・デルフィン率いる沖縄プロレスが誕生しました。全国区的なネームバリューを誇るのはデルフィン社長くらいなものでしたが、家族で楽しめるバトルファンタジーのなかにあって、ストロングスタイルでも観客を魅了していた二人のレスラーがそこにはいました。一人はいっさいのプロテインを摂取することなくハイブリッドボディを持つ現沖縄プロレスチャンピオンのシーサー王。もう一人は男気溢れるプロレス愛の初代沖縄プロレスチャンピオンだった怪人ハブ男。これまでの沖縄プロレスを牽引してきたとも言えるその二人が昨日、チャンピオンベルトを賭けてのタイトルマッチで激突。内地へと戻って来ている私は二人の試合を見届けることは出来ませんでしたが、現地で観戦していた仲間内のコメントには 『あまりにも深く、重く、熱い試合だった!!』 とあるように、どの団体のメインイベントにも劣らないほど激しく感動的な戦いであったことでしょう。

二人の絶対王者

結果は激闘の末、
怪人ハブ男がここ一番での必殺技で新チャンピオンに返り咲いたそうです。
ここからはある意味でオフレコになってしまいそうですが、私には予想されていた試合結果でした。ハブさんは沖縄プロレスのなかにあって頭ひとつ飛び抜けているように強過ぎます。他団体のタッグタイトルさえあっさりと持ち帰ってしまっていますからね(笑) または、沖縄に閉じ込めていてはもったいないとプロレス専門誌に書かれるほどポテンシャルが高いレスラーなのですよね。一方、私にとってはデルフィン社長と同じように親交の深いシーサー王は、絵に描いたような気が優しくて力持ちのレスラーで、リングの上でも最後の最後まで非常に徹することが出来ない心優しい人なのです。そこが紙一重でここ一番の勝敗を決する要因だと思いました。そして見逃せないのが、試合後にハブさんが発した 『これで2トップの時代は終わった。これからは俺が沖縄プロレスのレベルをもっと上げてやる!! 』。そう、もう間もなく明らかになると思われますが、ハブさんのこの一言が今後の沖縄プロレスのあり方を物語っているのです。それと同時に、今回のタイトルマッチは絶対王者に二人も要らない!! そう決断した戦いだったのではと思います。きっと、シーサー王は長い旅路へと向かうことでしょう。今後を任された事実上のトップとして、ハブさんには沖縄プロレスを引っ張っていってもらいたいものです。彼になら任せられるのです。

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二人の絶対王者
22:01 | 沖縄プロレス | comments(0) | trackbacks(0)
珍しいスリーショット@沖縄プロレスより
珍しいスリーショット@沖縄プロレスより
上左からウルトラ☆マンゴー選手、
モズクマン、仙台幸子選手のスリーショットカメラ

もう随分と前の話題になりますが、沖縄プロレスからのネタをおひとつ。
当時、モズク界の救世主として華々しく沖縄プロレスにデビューしたモズクマンキラキラ
そのモズクマンが一年間の契約を終え沖縄プロレスを退団。それと入れ替わるように新たに加わったウルトラ☆マンゴー選手。そのモズクマンが久々に沖縄プロレスのマットに期間限定で登場ヒーロー それによってウルトラ☆マンゴー選手とモズクマンが遭遇することに。どんな化学反応を示すのか興味津々だったのですが、初待遇のわりには上手く交わり面白おかしく微笑ましい試合を見せていたのでした面白い それどころか、『センダイガールズプロレスリング』 から長期遠征で沖縄プロレスに参戦していた仙台幸子選手も加わり、めったに見ること出来ないスリーショットが実現したのでしたぐー その仙台幸子選手ですが、本来なら沖縄プロレスへの長期参戦を終え、もっと早くに宮城県へと帰っていたハズでしたが、あの震災の影響で帰るに帰れずそのまま沖縄プロレスへの参戦を続けていたのでしたファイト そしてそれも落ち着き、確か今日の23日をもって沖縄プロレスでの長期遠征を終え宮城県へと帰ることとなった仙台幸子選手。きっと、涙なしでは終えられなかったことでしょうね!? そんな有終の美を見届けることは出来ませんでしたが、長い間お疲れ様でした拍手 これからも怪我をすることなく、いつまでも活躍されることを遠く離れてしまった千葉の夜空より願っています応援

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20:33 | 沖縄プロレス | comments(4) | trackbacks(0)
リングに来ないかっ!
リングに来ないかっ!

沖縄プロレスの番組(リングに来ないかっ!by RBC)が決まってから何度か収録の場に立ち会う機会がありましたカメラ これがひとつひとつ積み重なって番組が構成されるんだなぁ ・・・ そんな想いと共にいろんな撮影の場面に立ち会っていたのでした。
この日もデルフィン社長をマンションまでお出迎え車 まるでデルフィン社長のマネージャーのようにね(笑) そして午前中から某所で撮影の開始。お昼を挟んで午後からは常設会場のデルフィンアリーナでプロモーションビデオその他の撮影が延々と続き、夜にはタッグ&シングルタイトルマッチを含めた収録用の試合もこなし、選手並びに関係者はこの日だけでもグッタリの勢いでした汗 それもこれも、今となっては良い思い出です。番組のほうと言えば試合の放映だけではなく、いろんな企画コーナーもあり、風の便りでは 『面白かったぁ・・・』 と評判は上々のようです拍手 そんな記念すべき初回の放送さえ見届けることが出来ずに沖縄を離れなければならなかったことが悔やまれます涙 いつまでもそんなことを言っていてもしょうがないのですがね。せっかく始まった番組ですからワンクール(三ヶ月)に留まらず、沖縄プロレスが続く限りこの番組も終わることなく続いてもらいたいと遠く離れてしまった千葉の夜空より願っています夜空

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リングに来ないかっ!
21:18 | 沖縄プロレス | comments(2) | trackbacks(0)
沖縄プロレス
沖縄プロレス

『石垣島暮らし』 の頃から何度か取り上げてきた
戦うお笑いのファンタジー 『沖縄プロレス』 パンチ 那覇に引っ越してからはそれまで以上に身近な存在になっていました。沖縄プロレスの主戦場、国際通りの常設会場がすぐご近所だったこともあって、連日のように通い詰めていたものです汗 選手たちとよく食事にも出掛けていたなぁビール そうこうしている内に、沖縄ローカルではあるものの旗揚げ3年目では快挙とも言えるRBC(琉球放送)でのテレビ放映も決まり、私も本業ではありませんでしたがスポンサー営業などお手伝いをさせてもらっていましたダッシュ
しかも土曜日の深夜とはいえ30分枠でのテレビ放映ですから、それを維持していく為には新たなスポンサーさんが必要不可欠だったのですお金 それまでのお客さんとしての立場以上に沖縄プロレスのみなさんとは親密になり、特に社長兼看板レスラーの スペル・デルフィン社長 とは親交が深まり、色々と良くして戴きました感謝 ただ、残念でならなかったのは、そのテレビ放映を見届けることが出来ずに沖縄を離れなければならなかったことです涙 それにまつわる話はまだまだ尽きませんので、また改めてお伝えしたいと思います。これまで以上に沖縄プロレスが繁栄されますように星空

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沖縄プロレス
20:35 | 沖縄プロレス | comments(2) | trackbacks(0)